■ 北里義之による『今井和雄トリオ:BLOOD』評。2008.10.29

以下は北里義之氏がmixiに書かれた評を、ご本人の了承を得て全文ここに掲載するものです。


 耳は視覚がさえぎられるところに開く。響きに静かに寄り添うことで,語られることのない言葉を受けとる「聴く」ことの力は,視覚を奪われたCD聴取によって回復する。ここではオプトロンの放電もないし,異質な身体のバインド状態もない。ただサウンドだけがある。演奏に集中するためライヴでもしばしばそうしたように,CDを聴くとは,なによりもまず目を閉じることだったのである。解像度の高いマイクロフォンを通してとらえられたサウンドの肌理が前面に視覚化され,目によって演奏の外側からとらえられていたものが反転して,聴き手は,音楽を内在的に──すなわち響きの内側から,あるいは演奏者たちの感覚の内側から,触覚的に,サウンドに指を触れるような近さで,聴きはじめる。ライヴでは楽曲をサンプリング感覚で引用していたようにしか聴こえなかった今井和雄のギター演奏が,前面におしだされてくる。アーネット・ピーコックや J.S.バッハやジョルジュ・ブラッサンスの音楽が必然的に選択されたものであり,今井のギター演奏が,恩師である高柳昌行を思わせる鋭角的なカッティングやシングル・トーンで歌っているパッセージが聴こえてくる。
 「避けることに努めていた既存のメロディを弾いてみようと思った。それは,不安と欺瞞に溢れたこの場所から染み出すヒリヒリとした痛みが,メロディを使うことで投影されるのではないかと考えたからだ。これは,フォルムを守らないがジャズの様なもの。」(今井和雄,ライナー)
 ライナーに書かれていることは,分かるようでいて他人には決して分かることのない心の「痛み」である。「不安と欺瞞に溢れたこの場所」──それが伝わらないからこそ,今井は「避けることに努めていた既存のメロディを弾いてみようと思った」のであろう。「調性やリズムの関係を持たない電子音」が,「もはや,楽音に対峙する雑音はない」というありきたりの理由をつけて採用されたのは,実のところ,今井にソロをソロとして演奏することのためらいがあったからではないかと想像される。アンサンブルでもなくソロでもないようなサウンド編成のスタイル。重要な点は,おそらく「調性やリズム」にあるのではなく(つまり,同時に,調性のないことやリズムのないことにあるのではなく),「関係を持たない」ということにある。異質な身体のバインド状態。もしかすると,洗練されることのない,おそろしくローテクな野生の電気音/電子音が生みだす環境のなかでこそ,今井は真に孤独になることができ,その居心地のよさのなかで初めて「ヒリヒリとした痛み」が表現可能になるということなのかもしれない。それが「現在のジャズ」に結びつけられのは,ジャズやブルースがもともと心の「痛み」を排除しない音楽だったからだろう。私たちがそのことをおもてだててジャズを聴くようなことは決してないとしても,ジャズ・ミュージシャンでないチャールズ・ミンガスやセロニアス・モンクを,いったい誰が思い浮かべられるだろうか。
 ピーコックの曲をタイトルにした『ブラッド』の冒頭を飾るのは,細かなリズム対応によるスリリングなインタープレイという,アルバムのなかで最も “ジャズ” を感じさせる演奏「カートゥーン」である。その他にも,反応することによる “対話” を極力控え,広々とした場所に音のオブジェを置くようなインスタレーションふうの演奏「ナッシング・エヴァー・ワズ,エニウェイ」,今井がメンバーをあおってエネルギー全開の演奏を展開するエレクトリック・フリージャズ「ブラッド」,J.S.バッハとノイズのコンバインがなぜかタルコフスキーの映画を思わせる「サラバンド」,電子音に伴奏されながら,高柳昌行がつねに高く評価していたトリスターノ=コニッツの系譜を継承した「サブコンシャス・リー」,鈴木の出すホワイトノイズが,まるでスネアの皮をなでるドラムのブラッシュ奏法のようにムーディーに響くコール・ポーターの名曲「ソー・イン・ラヴ」,電子ノイズもメロディを歌おうとしているのがユーモラスなセロニアス・モンクの「ウェル・ユー・ニードント」,軽い歌い出しからドラマチックに演奏が高揚していく優雅で感傷的なブラッサンスの「幸せな愛はない」,そしてアルバムの終曲にふさわしい静かな演奏ながら,再び細かなリズム対応によるインタープレイで冒頭の「カートゥーン」と対になった「アルバートの愛のテーマ」の全9曲が収録されている。このなかで,高柳の演奏を思わせる訥弁のコードワークが「ソー・イン・ラヴ」に,またシングルノート奏法が「サブコンシャス・リー」に登場する。今は亡き恩師へのオマージュと考えるべきだろう。
 よく練られた楽曲構成は,2005年7月にスタートした今井和雄トリオの充実を雄弁に物語っている。今井和雄トリオをまったく別の視点から見させる40分のDVDとのカップリングでリリースされた本盤は,ギター演奏の内側に深くもぐりこむ耳と,音楽が立っているノイズ環境を演奏の外側に立った目によってそれぞれ収録し,今井和雄トリオが「安定した姿には留まりにくい音楽の形」をもっていることを表現した秀逸なダブルアルバムである。

(北里義之/音場舎)



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